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『そして僕らは』:催涙雨32

長編作品 『そして僕らは』:催涙雨32 (藤堂×赤井?/パロディ)




 その日の昼過ぎ。
赤井は歓迎会が開かれた部屋よりも更に大きな部屋に通され、そこで大勢の人々の
視線が集まる場所に立っていた。


 それもこれも、昼時に藤堂が「赤井目当ての客人達が来ているが、どうする?」と言った
言葉に軽い気持ちで「それじゃあ、その人達の前で歌うよ」と答えてしまった為である。
 部屋に案内されて、初めてそこに集まっていた人達の人数が数え切れない程の物で
あった事を知った赤井は、ずらりと居並ぶ客人達の姿を見て暫し呆然としてしまった。

「大丈夫か、瞭?」

 半ば押し出される様にして若干高めに作られていた舞台の上に歩み出た赤井は、目前の
あり得ない光景に暫し呆然としていたが、その時も共について来ていた蒼山の問いかけを
耳にしてやっと我に返る事に成功した。

「…あ、あぁ…」

 何とか肯定の答えを返したものの、赤井の顔色は見るからに不安そうな色合いだった。
だが、それもその筈である。過去に大勢の前で歌った事もあると言っても、それはあくまで
天の東側にいた頃の事である。
 当然、天の東側に住む人々の多くは一般の人々で、最初は赤井の歌を聞く為に集って
いても気が付けば宴会の様な騒ぎになっていたので、赤井も気負う事なく歌う事が出来た。

 けれども、今この場所に集まっている人々は違う。

 数えられない程に集まっているにも関わらず、彼らは綺麗に並べられた客席にゆったりと
腰を落ち着けて、赤井の歌を今か今かと待っている。
 その上、赤井が舞台に上がるまではざわめいていたにも関わらず、赤井が姿を見せた
後にはそれまでのざわめきが嘘の様に静まり返ったのだ。

 未だかつて、これ程にも静まり返った場所で歌った事がなかった赤井が不安に思うのも、
当然の事だろう。
 挙句、初めに赤井の紹介を簡単にしてくれた藤堂すらも客席に降りてしまったのだから、
赤井の不安は余計に大きな物となっていた。

 だが、「こんなの聞いていない」と声を上げたくても、大勢の客達を前にそんな事が言える
筈もなく、赤井は今までほとんど感じた事もなかった不安や動揺を消し去る様に、大きく
深呼吸した。

「……『今日、皆さんの前で歌える幸福に、感謝します。――願わくば、歌が皆さんの心に
 届きます様に』……」

 そして、次の刹那。ずらりと並ぶ客人達の為に、赤井は挨拶代わりの歌を口ずさんだ。
一見すると、歌を口ずさむ赤井は軽く語りかける様な体勢でしかなかったが、その類稀なる
歌声は広い室内に伸びやかに響き渡って行く。
 それでも、その声音が実際に聞こえたのは広い部屋だけに留まった。
この場所に集まってくれた人達への気遣いがあったのか、赤井が自らの歌声を抑えて
いたのだ。

 その気になれば、たった一人の為だけに歌う事も出来れば大人数の為に歌う事も出来る
赤井は、ほとんど自在に自分の歌声を操る事が出来ていた。
 無論、彼一人ではどうしようもない事――つまり、天の全土に歌を届ける事に関しては
蒼山が手伝っていたので、この時も目に見えない風に乗った様な音量で赤井の歌声は
天の全土に届いていた。

 最も、直接赤井の歌声を聞く時と蒼山が届けた歌声を聞く時では、歌声の迫力からして
全く違う物になるのだが、それを正確に理解しているのは蒼山だけだった。
 だからこそ、この時も歌い始めると共に多くの客人達が感極まった様な表情を浮かべて
行く様子を、赤井だけが心底不思議に思っていた。

 赤井からしてみれば、いつもと同じ様な歌を歌っているのに何故そんなに感激する事が
出来るのか分からないのだ。

(……こんなに喜ばれると、逆に何を歌えば良いか困るな……)

 何故、客人達が感極まった表情を見せるのか。
その理由に全く気付いていない赤井は、たった一曲を歌い終えるのと同時に盛大な拍手が
起こったのを聞いて、未だかつてない程に困惑していた。




 【水月の一言】
 天の東側はのその辺の道端で歌っている感覚、
 天の西側はコンサート会場で歌っている感覚。
 多分、それくらい感覚の違いがあるのでしょう。 
 
 

 

テーマ:二次創作(BL) - ジャンル:小説・文学

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